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飛鳥神社・宵宮・樽神輿【和歌山】【太地町】【ヨーホエル】

太地町の飛鳥神社、例大祭・宵宮が10月7日に行われるとのことで行ってまいりました。お祭りの進行や模したものが何か等、地元の方に尋ねて歩きつつだったので4号の勘違いで間違っている部分もあるかと思いますが、ご笑覧いただけると幸いです。

午後7時に太地町に到着してまず目についたのがこちらの笹で作ったしめ縄。近くにいたオジサマに聞くと、御神輿が通るところにしてあり、町を2つにわけて毎年交互に御神輿が回る。今年は和田の岩門寄りの東新地区の番なんだそう。

オジサマに御神輿が通るコースも教えてもらったので、下見がてらウロウロ。あちこちのご家庭で御神燈(提灯)が灯されていました。「御神輿が通る道沿いのお宅に灯してあるのですか?」と聞いてみると、そうではなく町全体なんだとか。

担ぎ手さんたちが待機し、ギャラリーで賑う太地水産共同組合事務所(国指定文化財)

粛々と準備を進める飛鳥神社。

太地町発祥・古式捕鯨突捕り法の祖・和田家の御当主が提灯を手に、神社(お宮さんと呼ばれていました)へ神さまをお迎えに向かっているところに運よく遭遇しました。和田家の御当主が現在もお祭りの大切な役割を担っている。太地町というところが400年以上もの長い間クジラと共に生きることに誇りを持ってきた歴史の重さが凝縮されているように見えました。

神社から松明が出発。この松明が御神輿の通る道を清めて回ります(たぶん)。

いよいよ太地水産共同組合事務所から御神輿の出発です。

子供神輿は勢子船(太地町の古式捕鯨で使われた、豪華絢爛に絵を描いた漆塗りの木船)の上にクジラを模した(マッコウクジラかな?)置物を乗せていて……なにこれ可愛い。

実際の古式捕鯨ではクジラを舟の上に乗せては運んでいなかったようなので、夢のワンシーンといったところでしょうか。

小樽神輿の登場です。

あれ?担ぎ棒の上に何もないぞ?と思うかもですが、棒の下に樽が付けられています。太地町の神輿は樽(タル)神輿というんだそうで、名の通り樽を担いで練り歩きます。

なぜ樽なのかは、勧請されたときのエピソードによるものなのですが……我らガイドチーム「たいジオ」、ガイド依頼お待ち申し上げておりまーすw!

4号、この小樽神輿に付いていこうとしてバッタリ出合った同級生(太地出身)の「このゴショダル(御小樽かな?)付いてっても最後海に飛び込まんで、この後でてくる大樽に付いていかな」の一言がなければ悔し泣きするところでした(Tランサンキュー)。

大樽神輿があらわれた!本当に樽々しい、紛うことなき樽。

行ったり来たりしながら練り歩く樽神輿の前後には松明が。この松明ごと、軽自動車も通れないほど細い道にも入っていきました。炎と煙が一帯に溢れ、町中が清められていく感覚。

ミコシ水と書かれたヤカンには真面目に水が入っている(酒は入っていない)のだそうだ。勢いのつきすぎた松明にかけたり、担ぎ手さんが飲んだりしていました。

松明の炭。

ばったり出会ったI夫妻のMちゃん(お世話になりました~♪)の親戚の青年にショーホエル(分裂して小さくなったヨーホエル)を清めてもらいました。ありがたいジオ~♪

夜の冷たい海に……

御神輿ごとダイブ。なんで海に入るのか、こんど誰かに聞いてみよーっと。勧請したときのことを思うと町中を先に回るのが不思議に思えます。

寒くてやけくそとも思える陽気な歌を歌いながら、長い間浸かっていました。

松明は暖にも。

海から上がった御神輿は飛鳥神社へ。押し合いへしあい。

やがて御神輿は神社に。

その後、神社で何か神事があったのかも知れませんが外からは伺い知れず。

いつもは静かな太地の夜が熱気を帯びたお祭りは終わり、しずかに秋風が吹くのみ。独特な寂しさのなか、担ぎ手さんやギャラリーも帰路に。

ぼっち観覧にかかわらず、行く先々で地元の方やバッタリ出会った友人達に助けられ、お祭りの全容を見られました。ありがたいジオ~!4号がうっかり失態を犯し怒号が飛ぶ場面も(申し訳ない)ありましたが、約20年前に見たときよりはお祭りの意味が頭に入っていた(まだ知らないことの方が多い)分、感じるものが大きかったです。

こういう受け継がれてきたスピリッツも含めて、くじらの町なんだろうな。と思った夜でした。


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